小島一文の
“G1フィッシング”

G1フィッシング

第16回G杯グレ。あの松田稔氏から金星!しかし…。

G杯グレ全国・五島列島

山陰のグレ釣りは全国レベルだ

 グレ釣りのビッグイベント「第16回G杯グレ釣り選手権」が、11月30日から12月2日までの3日間の日程で長崎県五島列島福江周辺の磯で開催された。
 私は前年3位のシード権で出場した。同じ島根県からの出場は、私の他に厳しい中国予選を勝ち上がった、林能伸さん(大田市)中祖伸宏さん(大田市)の二人。中国ブロックからの出場は、一昨年7人中4人が、昨年6人中3人が、そして今年も6人中3人が島根県からの出場である。予選に参加する人数の割合からしても、コンスタントに3人以上の選手を毎年送り出している山陰のレベルは決して低くない。山陰の釣りが十分全国に通用することの証明だろうと思う。

五島列島には初めての釣行

 今年のG杯チヌから対戦ルールがトーナメント方式からリーグ戦方式に変更され、グレも同様のルールとなった。
 これまでの大会は、通常現地集合であったが、今回は、各自が関西国際空港か福岡空港に集合し、現地には全員が飛行機で一緒に入らなければならなかった。今までは、日程が許す限り、事前に現地に入って下見釣りが出来ていたのだがそれも出来ず、3人とも五島への釣行は今回が初めてであり、いたって情報が少なく不安である。
 30日、昼過ぎに到着となった関空組を待って、昼食もそこそこに発会式が行われ、ルール説明などがあった。今回は到着した当日に予選リーグの1回戦が行われる。慌ただしく抽選を済ませて、道具やエサを準備して各渡船に乗船した。

予選リーグから強豪と対戦

 私の組は第8組、グレ第13回大会の優勝者である徳島の上田邦彦さん、チヌ第16回大会の準優勝者である中山文雄さん、東北ブロックから何度か全国大会出場経験を持つ市川文明さんと対戦が決まった。
 初日の一回戦は、中山さんとの対戦となった。対戦の場所は、福江港を30分ほど走った「二子島」の一角である。時間は午後2時30分から4時30分までの2時間。ジャンケンに勝った者が最初にポイントに向かって右側へ入る。1時間経過すると場所を交替する。
 最近はどの大会でも撒き餌など、エサの制限がある場合が多い。この大会でも一回戦に使う撒き餌の量が制限された。オキアミは6キロ以内。集魚剤はわずか500グラム以内である。 この制限に対して私の大きな見方になったのが、この秋マルキューから発売された「パワーレスキュー」である。これは集魚剤と言うよりも、海水などが入りすぎた場合の調整剤として開発されたものである。今回私は集漁効果は全く考えずにオキアミをいかにまとめて遠くへ運ぶかと言うことを主眼に考え「パワーレスキュー」に「グレパワー遠投ふかせ」を少量混ぜてあらかじめ500グラムの袋詰めにして準備しておいた。
 さて、中山さんとの対戦は、早い片潮となり潮上は全く釣りにならずお互いに苦戦した。中山さんに前半先行されたものの結局1匹しかアタリがなく、後半2匹釣った私は幸先良いスタートを切った。

五島の夜明けは遅い

 翌朝は、午前6時30分試合開始。五島の夜明けは遅く、うっすらと明るくなりウキが見え始めるのは午前7時頃からである。私はこういった状況を想定して、ライトやケミホタルを準備していた。相手の市川さんは、ライトがなく仕掛けや撒きエサの準備もままならない状況だった。この30分の差は釣りだけでなく気持的にも優位に立つことが出来る。結局その差がものをいって危なげなく2勝目をあげた。
 予選最終戦はお互いに2勝同士の上田さんとの対戦となった。この試合で勝った者が決勝リーグに進出することになる。ちょうど潮止まりとなってアタリが少なくお互いに苦戦。あれやこれや仕掛けや棚、攻める位置などを変えて攻めるがなかなか1匹目が釣れない。やがて上田さんが30センチほどのグレを釣り上げた。前半の場所交替寸前に私にも同サイズが来て同匹数となった。後半もお互いにアタリがなく時間が淡々と過ぎて行く。終了10分前。上田さんが2匹目のグレを釣り上げた。「くそー何とかもう一匹来んか」祈るような気持で流れるウキを追った。終了七分前。今度は私のウキが入った。「グレであってくれよ」と慎重に浮かして見ると「やったグレだ」。何とか土壇場でまた追いついた。この後お互いにアタリがなく試合終了。同サイズ2匹同士の重量勝負となった。お互いが息詰まるような対戦は、私がわずか数十グラム差で決勝リーグ進出を成し遂げた。

念願かなって松田さんと対戦

 予選リーグの激戦の余韻に浸る間もなく、今度は決勝リーグの組み合わせが始まる。各渡船が一カ所に集まり12人の決勝リーグ進出者の名前が読み上げられた。それぞれの組に分かれて海上で船を乗り換える。私の組は、あのグレ釣りの鬼才、徳島の松田稔さん、今年のG杯チヌで優勝した長崎の後藤謙二さん、高知の楠瀬章広さんと決まった。
 とうとう念願かなって松田さんと対戦することになった。G杯に出るからには一度は対戦したい相手の一人である。それだけ松田さんというのはG杯の実績だけではなく、自他共に認めるグレ釣りの名手なのである。
 勝ち上がった者は昼食など食べている暇はない。すぐに磯付けして対戦が始まる。さすが松田さんとの対戦である。各社の報道関係者が十数人磯上がりしてきた。
 私は不思議と舞い上がることもなく、淡々と仕掛けや撒き餌の準備に取りかかった。

重い仕掛けで深棚を攻める

 ジャンケンに勝って私が最初に右側に入った。ポイント図を参照していただきたい。右斜め正面から強い風が吹き付け、潮は正面のハナレとの水道を右から左に当て潮となってかなり早く流れている。仕掛けを右斜め沖に投入するが風と潮ですぐに足下に寄せられて磯伝いに流される。仕掛けは、アッという間に潮下の松田さんの足下まで流されてしまう。最初は、ハリスにガン玉を打たずに軽い仕掛けで流してみるが、予選リーグの経験からグレの棚はかなり深いだろうとイメージ。すぐに仕掛けを変更し、ハリスに3Bのガン玉を打って、3B付加のウキをセット。仕掛けがなじんだ時点でウキごと沈める作戦に出た。正面に戻されたときに、設定した5ヒロの棚になじむように仕掛けを右斜め沖に投入した。松田さんの前に来たところで仕掛けを止めてウキを沈み込ませる。撒きエサは仕掛けを投入する位置よりもはるか潮上に打ち、自分が設定した棚と位置になじむようにイメージした。
 潮下にいる松田さんが前半どれほどグレを釣るのか、これが勝敗の分かれ目であると読んだ。しかしなかなかアタリが出ない。仕掛けを見ると2.5ヒロから3ヒロくらいの固定で攻めている様子だ。「これでは棚が浅すぎて喰わん」と読んでいた。しかしさすがである。試合開始20分が経過し、松田さんは仕掛けを変更した。重ための仕掛けで深い棚を攻めだした。するとすぐにアタリが出た。40センチ近いグレを釣り上げ、報道陣を湧かせた。しかしその1匹だけで後が続かない。前半終了5分前。松田さんの足下に沈め込んでいた私の仕掛けにアタリが出た。慎重に取り込んで30センチのグレをキープして今度は私が潮下に入った。この時点で型は小さいものの同匹数で、しかも有利な潮下に入る。私は「いける」と自分に言い聞かせて後半戦に挑んだ。

後半2匹-1匹で松田さんをリード。しかし検量は・・・

 お互いに場所を異動し、道具やバッカンを所定の場所に備え付けた。私は報道陣が取り囲む中、まずはポイントに向けて小便をして気持ちを落ち着かせた。
 前半と同じく重ための仕掛けで、なじんだ所でウキを沈ませてアタリを待つ。すぐにアタリが出た。貴重なアタリだけに慎重に、慎重に取り込んで、また30センチほどのグレを取り込んだ。「やった」思わず心の中で叫んだ。松田さんを数でリードした。この後、私も松田さんもグレの釣果なく審査員の船を待った。2匹対1匹。「やった!あの松田さんに勝った」。さあ検量。しかし待てよ「でかい」。松田さんのグレは思っていた以上に「でかい」。松田さんの検量が終わって私の検量に入った。審査員から「わー、これはきわどいなー」と緊張の声が上がる。松田さんの1720グラムに対して私は1730グラム。なんとわずか10グラム差で本当にあの松田さんに勝ったのである。

2年連続ベスト3目前、あと1匹が釣れない!

 さあ、大難関の松田さんを倒したのだから、後は勢いで行くしかない。だが、またもや大きな自然の力に押しつぶされる結果となった。決勝リーグ2回戦。この場所では一転してポイント一面にアジの群が居座りお互いに釣果なしの引き分け。この時点で私と楠瀬さんが1勝1分けで並び、続いて松田さんが1勝1敗。後藤さんはこの時点で2敗。最後の対戦は私と後藤さん。松田さんと楠瀬さん。松田さんが楠瀬さんを敗って私が後藤さんに勝てば2勝1分けで決勝に上がれる。しかし結果は、松田さんは圧勝したが、私は後藤さんが開始直後に規定ぎりぎりの25センチのグレを1匹釣ったのに対し、とうとう1匹もグレを釣ることが出来なかった。この場所でもアジ子とアカジャコの大群に悩まされて、あれやこれや攻めてみたが最後の最後にして、2試合連続のボウズで優勝への大きな夢は断たれた。予選リーグから松田さんとの対戦まで4試合は全くエサ取りなど気にすることはなかった。しかもグレの棚は深く5ヒロとか6ヒロでアタリが出ていた。それがわずかな場所と時間の違いでこれほどまでに海の状況が違っているとは、なんと自然は不思議で計り知れないものなのだろうか。またしても相手は人間ではなく、大きな自然であることを思い知らされた。

島根から2年連続3位入賞

 最終日、冬型の気圧配置になり北西の風が吹き荒れたが、「椎ノ木島」というポイントで、私の兄貴分である大田市の林さん、14回大会を優勝している大分の片伯部さん、そして松田さんの3人で決勝戦が行われた。林さんは、順調に2匹のグレを先行しながら、突風で眼鏡が飛んで海に流されると言う考えられないアクシデントにみまわれ、2、3ラウンドと本来の調子がでず3位となった。しかし昨年に続いて島根から2年連続の3位入賞は快挙である。これこそ第10回大会に優勝した竹下努氏(大田市)に続き、山陰の釣りが十分全国に通用するという証である。自分自身も含めて、さらにたくさんの人が栄光のG杯を夢見て挑戦することを望みたい。更なる挑戦がまた始まるのである。

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